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しかし、そんな遊士を、刀を習い始めた遊士を良く思わない者達も当然いた。

「えいっ!」

「遊士、持ち手が逆だよ」

貴政に正室の話を一蹴され、あまつさえ遊士が次の当主だと宣言された分家の人間だ。

「少し、休憩にしようか。飲み物を持ってくるから待ってて」

遊士は彰吾から渡された手拭いで汗を拭う。

そこへ、

「こちらに居りましたか遊士様。殿が遊士様を探して居られましたよ」

「ちちうえが?」

声をかけてきたのは貴政の家臣で、遊士は貴政が探していたという言葉に行かなくちゃと思い頷いた。

「では、ついて来て頂けますか」

先に歩き出した家臣を疑う事なく遊士はついていく。

「…遊士様はたしか、右の目が悪いとお聞きしましたが」

幾つ目かの角を曲がった所で家臣は足を止め、遊士の右側に然り気無く立った。

「………?」

何だかおかしいと遊士は嫌な予感がして後ずさる。

「これが何か見えますかな?」

そう家臣が言ったと同時に、遊士の右目はキラリと光る鈍い光を捉えた。

次の瞬間、

右肩に焼けるような鋭い痛みが走り、

「っ、わあぁぁ―!!」

遊士の口から悲鳴が上がった。

「―彰吾っ…!!」

咄嗟に口をついて出たのは数分前まで側にいた彰吾の名前で、遊士はその場で動けずに傷口を押さえて蹲った。

「これも伊達家の為。貴女が居なくなれば殿もきっと考え直して下さる」

遊士がいなければ後継ぎは白紙に。殿も伊達の血を絶やさぬ為に新たな正室を迎えざるを得なくなる。これが伊達家の為なのだ。


動けないでいる遊士の眼前に、今度は左目にはっきりと写る、血のついた小太刀。

「恨むならその身を恨むことだ」

そうして振り下ろされた刃。

―キィン

しかし、その刃が遊士に届くことは無かった。

「――っ」

「遊士っ!てめぇ、遊士に何をした!」

髪を乱し、息も荒く、急いで駆け付けた彰吾が遊士を守るように、遊士と刀の間にその身を滑り込ませていた。

手には鞘から抜いた脇差し、その刃が小太刀を受け止める。

「お前は片倉の!」

「そんな事はどうでもいい!遊士に何してるんだって聞いてんだよ!」

ガチガチと刃を合わせている間に遊士の悲鳴を聞き付けた総司が駆け付けた。

「彰吾、これは何事だ!」

「っ、父上。コイツが遊士を!」

彰吾の言葉に、総司は遊士を見て瞬時に理解する。

「彰吾、お前は遊士様を。ソイツは俺が相手する」

「はい」

小太刀を弾いて、遊士の側に付いた彰吾に変わり、総司が男の前に立った。









風がかさりと葉を揺らす。

遊士は盃に写った自分の顔を見つめて、話を続けた。

「それからオレは彰吾や父上達から刀を教わって、その中で極力死角を無くそうと自己流で二刀を覚えた」

盃を強く握り、残りの酒を喉に流し込む。

「この先、オレの二刀が何処まで通じるか正直分からない。それで、…こんなこと頼めるの政宗しかいないと思って。少しでも良い、オレに稽古つけてくれねぇか?」

チラリと伺う様に上げた視線は絡まない。

真っ直ぐ月明かりの照らす庭を眺めていた政宗は静かに口を開いた。

「…いいぜ。けど、それなら俺より小十郎の方が適任かもしれねぇな」

盃に口を付け、盃を空けると政宗は庭から遊士へと視線を流す。

そして、手の内で弄ばれている遊士の盃に三杯目の酒を注いで言った。

「明日の明朝、城の裏手にある竹林で待ってろ。彰吾と小十郎に心配かけたくはねぇんだろ」

遊士が政宗を頼ったのは、同じ立場にあるからだけではなかった。それ以上に、周囲に心配をかけたくなかった。

特に彰吾には。彰吾の前で弱音を吐く事は当主として遊士のプライドが許さなかった。

「…Thanks 政宗」

小さく呟くように空気に溶けた言葉は、直ぐ隣にいた政宗の口元を緩ませた。







中天に座す月が次第に傾き、酒瓶も空になる。雑談を交わしていた遊士の言葉が不自然に途切れた。

「どうした?」

「んー…」

それを不思議に思い、政宗が遊士へと視線を移せば、隣にあった身体がふらりと傾ぐ。

「っと、あぶねぇ。おい遊士?」

「………」

声をかけても反応が返ってこない。心配になった政宗が顔を覗き込むと遊士は瞼を閉ざし、すぅすぅと気持ち良さそうに眠っていた。

「は、驚かせやがって。…しょうがねぇな」

仄かに色付いた頬に、酔い潰れたのだと分かる。

そういや、彰吾は遊士の酒癖があまり良くないと言っていた気がするが…。

さらりと遊士の右目に落ちた長めの前髪をソッと払い政宗は首を傾げた。

「大丈夫そうじゃねぇか」

お盆を端に寄せ、政宗は遊士の背と膝の後ろに腕を回して持ち上げる。

「よっ、と。…軽いな」

そして政宗は遊士を横抱きにして、東の離れを出た。





「彰吾、起きてるか」

明かりの灯る部屋の前で足を止めた政宗はその部屋の主へと障子越しに声をかけた。

「政宗様?如何致し…遊士様!?」

政宗の声かけにさっと障子を開いた彰吾は、政宗の腕に抱えられている遊士を見て驚きに目を見張った。

「この通り寝ちまってな」

「それはご面倒を…ん?お酒の匂いが」

「あぁ少しな。俺が勧めたんだ。遊士を咎めるなよ」

はぁ、と彰吾は曖昧に頷き答える。

「床は用意してありますのでそちらへ下ろして頂けますか?」

「OK」

廊下へ一旦出た彰吾は遊士の私室の障子を開け、行灯に火を灯すと政宗を促した。





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